投稿 読書 エッセイ

叱責に無言で耐えてきたボクが、心のフタを外すまで

かつての上司に言われた事を思い出した。

ボクが叱責されていた時のことだ。

「オマエ、とりつくろうから言葉に詰まるんだよ」

当時、そのオッサンのことがキライだったボクはその言葉を受け入れられなかった。

最近になってその一言が心に引っかかるようになった。

今の職場でオッサンに雰囲気が似ている上司に出会ったからだろう。

あの時出来なかった「とりつくろわない自分」を今やってみよう。

心のフタを外して、「とりつくろう」自分から卒業するために。 

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残業し過ぎだ!

とりつくろう自分から卒業したい。

そう思ったきっかけはある日の夕方にやって来た。

職場で同僚が部長に呼び出されていた。

なにやら小言を言われている。

「19時までに帰るようにと言ったが、オマエ18時59分まで仕事していいと思ってるのか!」

部長はそんなことを同僚に言っていた。

返す言葉も無く同僚は無言になっている。

ボクはその光景を見て二つの事を思った。

一つは、この職場はそれくらいしないと闇残業が無くならないということ。

部長の考えはわからなくもない。

今まで出来ていなかったことを変えるには一旦無理矢理にでも変えたい状況に、本来あるべき姿に持って行く必要があるからだ。

仕事が終わっていようがいまいが、19時までには帰れと言っているのはそのためだろう。

それはわかる。

もう一つは返す言葉もなく黙り込む同僚は昔の自分だな、ということ。

部長の怒声を聞いていてボクの率直な感想は

「19時で帰ればいいんじゃないですか?なんで怒られるんですか?」

ということ。

もしかしたら怒られている同僚も同じ思いかもしれない。

もしそうなら、それは口が裂けても言えない。

それを言うと余計に怒られるか、部長の機嫌を損ねることで組織にいられなくなるか。

またはその両方か。

とにかく職場を退職するはめになるかもしれない。

そうなれば生活そのものが危うくなる。

だから黙る。

そんなことを考えているうちにボクは昔のことを思い出していた。

無言になる自分

ボクも叱られると無言になる。

子どもの頃からそうだった。

この時、ボクの頭の中は次の二つのどちらかである。

一つは怒りと恐怖しか感じなくなり思考が停止している状態。

後でいろいろ言い返す言葉が滝のように流れ出て来る。

でも、その時は出てこない。

怒りと恐怖しか感じなくなり思考が停止するからだ。

つまり心がフリーズして、後で解放された時にフリーズが解除されているのだ。

もう一つは言えない本音を隠してひたすら耐えている状態。

他人の怒りは嵐と同じとあきらめて、過ぎていくのをひたすら待っている。

本音を言えば職を失くし、路頭に迷うかもしれない。

だから黙る。

すみませんでしたと謝る。

ボクはかつての上司のこと。

あのムカつくおっさんのことを思い出す。

その上司。いや、そのオッサンはボクにこんなことを言った。

「オマエ、普段からとりつくろっているから言葉が出ないんだよ。」

とりつくろう(取り繕う)意味

ここで言う「とりつくろう(取り繕う)とはどんな意味なのか?

辞書にはこうある。

とり‐つくろ・う〔‐つくろふ〕【取(り)繕う】

ととのえて見よくする。「体裁を―・う」
不都合などを隠そうとしてうわべを飾る。「陽気に振る舞って悲しみを―・う」
間に合わせに修繕する。「ふすまの破れを―・う」 

デジタル大辞泉 「取繕う」の意味・読み・例文・類語より

オッサンが言った言葉は1番の意味が強そうだ。

そういえば、別の時に

「体裁ばっかり気にしやがって」

的な事を言われた記憶がある。

さらにそのオッサンから「仕事できない」と嫌われていたので2番の意味もかなり強くはらんでいると思う。

どちらかと言えば2番かもしれない。

総合して勝手に判断するに、オッサンの言う「とりつくろう」とは

自分の体裁を気にしてごまかそうとしている

くらいにとれる。

真偽はさておいてだが。

今までの自分「とりつくろい人生」

振り返ってみて自分の生き様はどうだっただろうか?

オッサンの言う通り「とりつくろい人生」だったと思う。

自分の本音を隠して、黙る。

詫びるということで自分の本音を押し殺して、とりつくろっている。

ずっとそうだった。

本音を言えば、最悪の場合職を失う。収入が無くなる。家族を養えなくなる。

だから自分の心をとりつくろって謝罪でごまかしていた。

かつての上司、あのオッサンは大キライだ。

だが、「とりつくろっている」という言葉は的を得ていると思う。

自分の心にフタをして、周りに合わせてとりつくろう。

そんなことをずっとやってきたのだ。

もうイヤだ!

そこで「無言になる自分」をもう一度考えてみた。

部長に叱責されている同僚。

それに今までの自分が重なる。

同じように叱責されたら、ボクだって黙るだろう。

「19時までに帰るようにと言ったが、オマエ18時59分まで仕事していいと思ってるのか!」 

という部長の問いに、

「はい、思ってます。19時に帰ればいいんですよね?ダメなんすか?」

という気持ちをボクは胸に秘めるだろう。

余計に怒られそうだからだ。

それで、自分の心にフタをしてその場限りのとりつくろいをする。

でも、そのままでいいのか?

また、あの頃と同じなのか?

イヤだ!あの頃と同じなんて。

イヤだ!イヤだ! イヤだ! イヤだ!イヤだ! イヤだ! イヤだ!イヤだ! イヤだ! イヤだ!イヤだ! イヤだ!イヤだ!イヤだ! イタや! イヤだ!イヤだ! イヤだ!   

やり直してみよう この新しいオッサンで

翌朝、出勤してすぐに部長に会った。

朝の挨拶もそこそこに部長に仕事の進捗について聞かれた。

ボクは普通に答えた。本音で、噓偽りなく。

ボクの報告を受けて部長は言う。

「そうか、その辺は改善してみる。少し時間をくれ」

そして、足早に去って行った。

足早に去った事に他意はない。

自分の興味があることを聞く以外は無頓着な人なのだ。

たぶん次の興味に向かって歩いているのだろう。

あっさりしているな

素直にそう思った。

昨日の同僚に対する言い方はアレだがそれほど悪い人ではないと思える。

口が悪いし自分の興味があること以外は話を聞かないが、改善しようという意志は伝わってくる。

自分の地位とか、上役によく思われたいとか。

そういった自分本位なところがあまり無いように思えた。

かつてボクが遭遇したムカつく上司のオッサンとの違いはそこだろう。

あのオッサンと今の部長。

雰囲気は似ているが何もかも似ているわけでは無い。

今の部長のもとでボクは「とりつくろう人生」を変えられるかもしれない。

やり直してみよう、この新しいオッサンで。 

あの時出来なかった「とりつくろわない自分」を今やってみよう。

心にフタをして「とりつくろう」自分から卒業するために。 

そんなことを考えながら、ボクは外回りの為に社用車の方へ歩いていった。

おわり

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  • この記事を書いた人

むにゅひこ

普段は楽しく用務員さんをしているアラ環オヤジです。趣味は釣りと登山、下手な料理、読書、DIY、ソロキャンプです。このブログでは用務員さんの仕事で見つけたDIY、自分が適応障害だった時の経験、趣味のこと、何気ない日常のことなどを雑談感覚で書いています。また、自分がした買い物で「いい買い物をしたな」という情報を積極的にみなさんに発信しています。暇つぶしに雑談を楽しむようなブログがコンセプトです。

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