投稿 雑談

親父の思い出 ほぼ勘当息子と親父

親父が亡くなってもうだいぶ経ちます。

ここ数ヶ月親父のことがいろいろと思い出されました。

そういえば私は親父から

ほぼ、勘当

されていたな。

今回は私が勘当されて勘当が解かれるまでの話です。

※ 本ページはプロモーションが含まれています。

勘当というかほぼ勘当

さっきから勘当と書いていますがほぼ勘当です。

親父から

「オマエはもう勘当だ!」

と引導を叩きつけられたわけではありませんから。

ですが、私のドラ息子っぷりもまあまあひどいものでした。

高校生になって一気に無気力になり勉強しませんでした。

予備校サボってデパートの屋上で本を読む日々。

今でいうニートに近い状態でした。。

そして大学受験失敗!

なんとか受け入れてくれる大学があり入学。

が、高学歴だった親父が納得するような大学ではありませんでした。

腹をたてながらも学費はしぶしぶ出してくれました。

就職では親父の勧めを一切聞かず勝手に就職。

親父激怒!

転勤で実家を離れ一人暮らししてから私は1度挫折します。

帰って来いと言われますがなかなか帰ってこず。

結局親父の希望を一切無視していた息子でした。

勘当がなんとなく解かれたのは就職先で昇進してからです。

親父の期待通りの子ではない私

親父としてはその当時では当たり前ですが

いい学校出て、いい会社に就職して

ということを息子にかなり求めていました。

親父自身が高学歴だったので息子も当然できると思っていたフシはあります。

ですが、私は無気力で勉強なんかしません。

なんとか大学に合格します。

3つくらい受かった大学の中から親父が

「ここに行け」

と言ったことに猛反発!

結局、親父が良く思っていない大学に入学しました。

で、卒業を控え就職活動になります。

親父は大学はダメでも少しは名の通った就職先に行かせたかったのでしょう。

「オレの選んだ就職先に行け」

的なことを言われますがこれにも猛反発!

私は勝手に就職活動して勝手に決めてしまいます。

すべてを一流で行かせたい親父でした。

判断基準が学歴なので仕方ないと思います。

でも、その当時はそれがイヤでイヤでたまりませんでした。

ついに家を出て行く

無事就職した私ですが就職先は実は私に向いていませんでした。

一度はやめようかと思いました。

ですが、反発して就職した手前やめられません。

そうこうしているうちに会社から異動転勤命令がきました。

母は随分嫌がりましたが、私はむしろ喜び勇んで出て行きました。

親から離れたかったからです。

こうしては私は親元から離れ家を出て行きました。

母から職場に電話

転勤先は辛い事の連続でした。

それでもなんとか頑張って続けているとある日上司から

「君のお母さんから電話だよ」

と言われました。

母から仕事場に電話?いったいなんだろう?

と、思って電話に出ます。

簡単に言うと

親父と和解して実家に連絡して欲しい

ということでした。

親父と私の冷戦状態は少しずつ歩み寄りのほうへ進みます。

一度挫折 親父の「帰って来い」

喜び勇んで家を出たとはいえ、もともと向いていな仕事なので上手くいきません。

その内すごいクレームを出してしまいました。

さらに上司から

「オマエこの仕事向いてないよ」

と言われ現実を思い知らされます。

さすがに再起不能かと思い実家に帰ろうかと電話しました。

意外にも親父から

「君の車でドライブしながらゆっくり帰って来い」

と、言われました。

これは意外でした。

その気なって退職を申し出ます。

一度は受理されました。

しかし、私の上司のさらに偉い人から引き止められました。

結局、退職はしませんでした。

この一件で親父は私を心配してくれていたのだなとわかりました。

昇進で許してもらう

その後、なんやかんやで私は昇進しました。

その報告を実家にしました。

このころから親父の態度は一気に緩和したように思いました。

言うことを聞かない息子でした。

でも、結果出したしもういいだろうと言うことなのかもしれません。

ちなみにこの後、

「見合いして、同居してほしい」

などと言われましたがこれも拒否!

親父はやっと息子の全てを諦めたようです。

子供は親の期待に応えない

ここまで書いてきた通り、私はほぼ勘当されていました。

親父からしてみると自分の思い通りに育たない不肖の息子でした。

大人になって人の親になって、私は親父が反面教師になりました。

親には子供に育って欲しい理想があります。

ですが、子供には持って生まれた素養があります。

親の理想なんて迷惑でしかないと私は思っています。

子供は自分の持って生まれた素養で勝手に育って行く

私はこの経験を今の子育てに活かしていけていると思っています。

そう考えると親父には感謝ですね。

  • この記事を書いた人

むにゅひこ

前の職場で上手くいかずに適応障害になり、退職。転職して、新しい職場で楽しく頑張っているアラフィフオヤジです。趣味は釣りと登山、下手な料理、読書、DIY、最近ソロキャンプを始めました。このブログでは自分の適応障害の時の経験、趣味のこと、何気ない日常のことなどを雑談感覚で書いています。また、自分がした買い物で「いい買い物をしたな」という情報を積極的にみなさんに発信しています。暇つぶしに雑談を楽しむようなブログがコンセプトです。

-投稿, 雑談
-

error: Content is protected !!